OUR CITY LIGHTS

齋藤孝さん

一輪 / 脚本家

選書した本

○「終の住処」
著:磯崎憲一郎

○「猟師の肉は腐らない」
著:小泉武夫

選書理由

○「終の住処」

将来の不安を感じて、なんとなく結婚した中年夫婦。
会話はなく、愛想笑いさえもない。
そんな夫婦が終わりを迎えるために終の住処を探す物語。

“終の住処”とは重く悲しい言葉だ。
“終”も“住処”も光が見えない。
そんなものを探す人間は滑稽で愛おしい。
無視するし、嘘もつくし、さらっと不倫もする。
ただ、こういう夫婦は意外といるな、とも思う。
思い込みの愛は形になった途端、翳り出すから。

物語は思いもしない方向に進むが、人生はそんなもの。
期待などしてはいけない。進んだ先が人生だから。
五十代を前に上伊那に移住した私も、イメージしていた生活からずっと逸れている。
そして、ここが終の住処になるのだろうかと、怖くなる時もある。



○「猟師の肉は腐らない」

福島の人里離れた八溝山地で相棒の犬・クマと暮らす猟師・義っしゃん。
電気も水道もない、完全なる自給自足を飄々と生き抜いている。
山好きの私にとって、義っしゃんの生活は憧れではあるが、そんなの一日で無理とも思う。

著者の小泉武夫は食に精通する発酵学者のため、蘊蓄を交えた食の描写が多い。
兜虫の蛹の塩炒りや赤蝮の味噌汁など、不思議で豊穣な食模様は興味深く、それだけでもズンズン読み進めていけるが、なによりも自分の気持ちに真っ直ぐ生きる時代遅れの義っしゃんが、まぁ、かっこよくてキュートで魅力的。

読み物としてだけでなく、ライフハック本としてもおすすめの一冊。

プロフィール

2008年に長編映画『ビルと動物園』でデビューし、 本作において映画製作会社やテレビ局などで組織されるVIPO(映像産業興機構) から有望な若手監督のひとりに選出される。 2017年には第一回松田優作賞優秀賞を受賞した脚本『オボの声』を自ら映画化。2022年4月の舞台『象』(演出:小林且弥、神奈川芸術劇場大スタジオ)、2024年3月から全国公開された映画「水平線」(監督:小林且弥)では、オリジナルの脚本を執筆した。
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